礼拝・集会のご案内 MEETING

礼拝・集会のご案内 MEETING INFOMATION

弱い人々の篤き祈りの歴史

日本キリスト教団足利東教会は、足利の大沼田町にあった結核患者の療養施設「国立療養所松寿園」で行われていた聖書研究会の祈りの輪が教会誕生のきっかけとなりました。
それは太平洋戦争が終わって間もなく、結核の特効薬も充分でなかったころ、「松寿園」で聖書研究会が始められました。不治の病と言われた病床にあって、篤き祈りの輪は広がり、その中より献身された大木英二先生( 初代牧師)を中心に1 9 4 9 年5月2 2日、日本キリスト教団足利東教会が誕生しました。
弱い立場にある人々が主( 神)によって集められ、救われて強く主を証する教会として現在に至っています。

写真上:松寿園での聖書研究会(前列右から4番目が初代大木英二牧師)
写真下:旧 足利東教会

牧師紹介

羽島健司(はじまけんじ)

1981年1月28日 山形県山形市生まれ。
~1998年度 地元山形で高校までを過ごす。
その後、某大学で西洋古典学というマニアックな学問を学ぶ。恩師からは「特に世の中の役に立つ学問ではありません」と言われたが、そこで学んだ古典ギリシア語・ラテン語の知識は、キリスト教の伝道者からすると大変役に立つものなので、むしろ感謝している。
大学休学中に、地元の山形六日町教会に通い始める。高校の近くにあったにも関わらず、高校生時代には教会があることにすら気づいていなかった。
大学卒業直前に洗礼を受け、献身の志を与えられ、一年置いて東京神学大学に入学。大学院修了後、日本基督教団足利東教会に赴任。

羽島載憙(はじまジェヒ)

私は韓国の浦項市で、1975年生まれです。母親の信仰に受けづいて、生まれてから教会から離れた時期は数少ないものです。興味深々な私でしたが高校3年生の時、家族の病をそばで見ながら、進路を変え、93年度大邱にある慶北大学の看護学科へ進みました。しかし、看護の学びにより本当の救いがあるかの自らの問いにぶつかり、2003年度には韓国の長老会神学大学神学大学院(M.Div)神学の道に導かれました。更に、95年には日本に対する召命が与えられ、続けて祈り求めている中で、2008年には東京神学大学で改めて神学を学びなおす機会が与えられました。その中で、羽島健司先生と同級生として出会い、2012年1月に彼と結婚し、3月に東京神学大学博士前期課程(旧約神学専攻)を終了しました。現在、日本基督教団足利東教会の担任教師として奉仕しています。